2011年11月22日火曜日

ルフラン

庄野真代さんが、何を探してひとつずつのぼるアレではなくて。

最初に「愛你一萬年」で思ったことですが。本邦においては、歌の歌詞というものはたいていの場合、一番二番三番・・・というシステムになっており、その全体をもって物語が進行したり、概念が徐々に説明されたりしていくようになっています。と、思うんだけど?不完全形で、サビかどっかでちびっとだけ変化をつけられている場合なんかもありますけど。

本家「時の過ぎゆくままに」も、当然ながら一番と二番になっているわけですよね。それが「一萬年」においては、アラどうしたことでしょう、全くおんなじことを2回繰り返してる?!一種異様の感に打たれますな。中国語だと、同じ音節数内に入れられる情報量がやたらに多い=ネタに困るとか、メロディーに乗せる、あんど声調も考慮に入れずばなるめえ=膨大な手間がかかるからとか、なーんか事情でもあんのかしらね?他にも繰り返してる曲たくさんあるよねえ。どういうわけなんだろ。

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