2011年12月14日水曜日

ときめきの上海(その3)

ずっと明明と小黒の話をしてるので、ありゃータイトルにそぐわない内容になっちゃってるわね。

「基礎から学べる中国語」(=明明と小黒と呼びますけど)はそういうわけで、

おもしろ本物らしい系のストーリー仕立て
感情やニュアンスをきちんと表現した、うまい人の録音

という昨今には珍しく、語学教材の少なくともひとつの理想像を体現しているのだった。声色に感情が、時に激しく増幅されて反映されててねえ、すばらしい。ただ、人間がネコの声色を使ったり、あるいは人手不足からひとりが他の人格を演じようというとき、あはは妙~な早口になったりして、うひょお初学者には全然聞き取れないよん?状態になったりしますわね。始まって早々である第3課での小黒の登場シーンでは、ほとんど世を拗ねてしまいそうになりましたもの。

しかし。

文法事項の説明が非常にあっさりしていて、なんのことやらさっぱりわからぬという事態が頻出。

索引がないので、文字とか語句とか、あるいは文法事項のあのアレはどこに書いてあったっけ?とあとから検索することができない。

本書をマスターすれば、日常会話にはまず困らないはずです
とか先生言い切っちゃってますけど、んーなはずはないでしょ?いかなる言語のいかなる入門書においても、一冊だけでなんてそんなことは無理です。日常会話とは、この世の森羅万象から一体なにが取り出されてどう語られるやわからんというジャンルなんですから。

で。「本書をマスター」とは、それはどういうレベルのことを仰せなのだろうか。日本語で書いてある部分は全部完全に理解し、本文プラス全例文を徹底暗誦ぐらいなもんでいいでしょうかしら?まー私には到底無理だけど(悲)。

(言語のいかんを問わず)私の考える最低合格ラインは、本文のすべてを、たとえなーにも理解していないとしてもとにかく暗誦、なにも見ないでつらつらと朗誦することができ、聞いたらピンインおよび漢字の両方で正しく書き取れる、という状態なんだけども、どんなもんでしょ?ただまあ、それだけだって容易なことではないんだなあ。

今、第62課ぐらいをうろちょろしてますが、とーっくの昔に息切れしていて、そうだなあ、ほぼ間違わずに暗誦できて書き取れるのって、第3課ぐらいまでじゃないの(哀哀哀)?とっとと最後まで見終わっちゃって、あとは倦まずたゆまず前に戻って復習すればよろしい。そうすれば、いつかいつの日にかは完全暗誦できますとも。わかってますとも。

しかしねえ、飽きちまうんですよ。新しい本、新しいストーリーによる刺激が欲しくなっちゃうの。そうやってあちこち食い荒らすのは決していいことでもないんでしょうけど。

あ、この本、類書には珍しくハードカバーなので、学習中に本を開いておきやすい←些細なことだが結構重要ぽいんと。


つづく

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