2011年10月29日土曜日

伍佰様事始(その1)

中国語をね、細々と独習していたわけです。

貧乏につくづく嫌気がさした私は思った。

もし私が特定分野の商品知識ばりばりで、かつ中国語ぺらぺらであったとしたら、ギョーカイから三顧の礼でもって迎えられ、高給取りのウホウホ販売員てな身の上になれるんじゃあないかしらん?と。

販売の仕事はしたことがあるので、商品知識とかなんとかはまあ、需要大かつ儲かる分野を熟慮の末に選択するとして(爆)、今すぐに、そしてごく小額の初期投資でもって自力でなんとか始められる努力はなにか・・・?いやもう、打破したかったのねえ、現状を。

そう、一番安易かつ容易なのが、そこいらへんで中国語の発音教本、および入門書を買ってくることです。それが去年の末ぐらいからぼつぼつ買い出したって感じですか。なにしろ貧乏なので、1冊1冊を断腸の思いで(笑)。

しかし世の中(というかオノレの能力、だな)というのはそんなに甘くはないのであった。外国語を習得せんとするにあたっては、やはりモチベーションというかね、affectivité てのがないと。あ、私はおふらんす語の人なのであります。おふらんす語の場合は、Frank Yerby の "Speak Now" およびバルザックへの愛というものがあったものですから。中国語には、それに相当するものがどうもない。頭を振り絞って考えても出てこない。映画「芙蓉鎮」は非常に好きではあったものの、ハリー・フォーブスだの「谷間の百合」ほどのレベルでもないし。あ、ブルース・リーも大変いい男と思いますけども。

さあどうしましょ?てな場合、脳を騙すという手段がございます。無理やりに愛するようにすればよろしいのです。中国のことを語った西洋小説、カナダに移民した中国女性の伝記、日本人が書いた纏足の話、武侠小説を含む原典が中国語である現代小説などを手当たり次第に読み漁ってみたりしたのですが、うーんどれもいまひとつ。

よって、なんやかんやで発音の本は3冊、入門書も3冊、会話集語彙集などがいつの間にやら、そこらに散乱してますが、散乱したまま。2-3ヶ月の間、一顧だにしないなんてことも。この夏が猛烈に辛かったから・・・と、日記には書いておこう。

つづく

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