2014年1月13日月曜日

発音できるもん(爆)

ええと、無,盡,閃,亮,的,哀,愁とね、発音できるようになったんだーい。ひと粒ひと粒調べたんだーいっ。って・・・目尻よりなんか光るもんが滴り落ちてしまうような気がする今日この頃(悲)。しかしそれでもですね、單,程,車,票の当時に比べればはるかに、発音できるようになるのも声調が定着するのも早い、というような気はいたします。進歩は、しているのであると信じたいものです。牛歩もいいとこだがな。

悲しいというか情けないというかあきれ果てるというか、たかだかアルバム1枚を、しみじみじっくりと聴くというような時間って取れないものなのですね。バッカみたい。今日になってやっと、比較的邪魔の入らない状態にて通して聴くことができた。まだまだ全編を通じての感想とかそういうのには至れませんがね。

「單程車票」がおされぽっぷんだったとするならば、「無盡閃亮的哀愁」は、そうねフォークソング調優勢とでも、乱暴には言えましょうかしら。そうじゃないのもあるけどね。でもってこのわたくしをば、一聴のみでぐわしっと掴み連れ去るといったような、過去にはいくらもあった現象は、起こらなかった。うー。現時点であんまり好きじゃない・・・?みたいなのはあるけど、あからさまに嫌、嫌いという曲もなかった(でも、えーへんな発声しないでえ~、と思ったりはする)。あらー、「今の伍佰様」の最新2御作が両方とも気に入らないですって???万葉・古今・新古今で言うとね、という例のアレなんだわー。

これについてはそのうちまた考察したい(いつだ?)とは思いますが、要するに私は

自分がトシを取ったことを忘れている{あるいは認めたくない?w}

と、でもいうことなんだろね。うん、そのうちまた語るよ。

表題作「無盡閃亮的哀愁」は、そうね、レソトの星の一夜、なんてものがもしあったとしたらこれなんだろなと思ってます。伍佰様におべんきゃうの垢をつけてはなんねえ!という鉄の規律は現在も生きておりまして、歌詞は調べないの。さすがに我慢できなくて時々見ちゃうけどな。調べねばわからんレベルならニュアンスなどわかりっこないから。時々ぽつぽつつぶつぶと聞き取れる単語、そっから暴走する妄想、言語以外のチャンネルから得た情報による想像なので、とてつもなく間違ってるかもしんないけどな。伍佰様は、腕を広げて風を受けたり、あったかい大粒の雨をぱたぱた降らせたり、悠久の青空を遠く遥かに展開したりする人だもの。

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